原子やイオンの集合体である固体化合物は、構成元素や結晶構造に応じて電子・イオン伝導性、誘電性、磁性、レドックス性、触媒活性などの多様な物理・化学機能を示します。私たちのグループでは、原子(分子)状の原料を一層ずつ積み重ねて厚さ数nm~数100 nm程度の固体物質を合成する薄膜成長プロセスを用いた無機固体化合物の機能探索に取り組んでいます。
【なぜ薄膜?】
無機固体化合物の化学組成や結晶構造には無数の可能性がありますが、その中には熱力学的に最安定ではないために一般的な高温固相反応で合成することが難しく、詳しい性質や機能が不明な物質も数多く存在します。パルスレーザー堆積法やスパッタリング法、ミスト化学気相成長法といった薄膜成長プロセスには
- ・ 化学的に活性な原料を用いた低温での結晶成長
- ・ 基板との化学結合を利用した結晶構造の制御
- ・ 異種化合物の積層
【どんな物質/機能?】
以下に示すように、金属酸化物の電気・光機能が主な研究対象ですが、光触媒反応や電極反応といった化学的な機能にも興味を持っています。酸素に加えてニクトゲン(15族)、カルコゲン(16族)、ハロゲン(17族)といったアニオン性元素を含む複合アニオン化合物の合成や機能探索も進めています。
可視光透明性と高い電気伝導性を兼ね備えた透明導電体は、ディスプレイなどの光デバイスの透明電極として不可欠な材料です。近年、近赤外光を用いた高効率太陽電池や、深紫外LEDによるウイルス無害化といった”視えない”光を用いたデバイスの開発が急速に進んでいますが、既存の透明導電体は深紫外光や赤外光の透過率が低いため、高効率化が妨げられています。私たちはSnO_{2}を母体とする材料を中心に、近赤外透明導電膜(TaドープSnO_{2}、WドープSnO_{2})や、深紫外透明導電膜(TaドープSn_{1−x}GexO_{2})を開発しました。また、電子間相互作用の強い金属酸化物であるSrNbO_{3}が数nm程度の極薄膜で優れた紫外透明性と電気電導性を示すことを見出し、新たな原理に基づく深紫外透明電極として提案しました。
関連する論文
- M. Fukumoto, S. Nakao, K. Shigematsu, D. Ogawa, K. Morikawa, Y. Hirose, and T. Hasegawa, Scientific Reports, 10, 6844 (2020).
- M. Fukumoto, Y. Hirose, B. A. D. Williamson, S. Nakao, K. Kimura, K. Hayashi, Y. Sugisawa, D. Sekiba, D. O. Scanlon, and T. Hasegawa, Adv. Funct. Matter. 32, 2110832 (2022).
- Y. Nagashima, M. Fukumoto, M. Tsuchii, Y. Sugisawa, D. Sekiba, T. Hasegawa, and Y. Hirose, Chem. Mater. 34, 10842 (2022).
- D. Oka, Y. Hirose, S. Nakao, T. Fukumura, and T. Hasegawa., Phys. Rev. B 92, 205102 (2015).
- Y. Park, J. Roth, D. Oka, Y. Hirose, T. Hasegawa, A. Paul, A. Pogrebnyakov, V. Gopalan, T. Birol, R. Engel-Herbert, Commun. Phys., 3, 102 (2020).
遷移金属酸化物は、金属カチオンの置換や複合化、秩序配列化により超伝導、磁性、誘電性、半導体特性などの多彩な機能を示します。一方、アニオン(酸素)サイトの置換や複合化に基づく機能開発は、熱分解による高品質結晶の合成の困難さや、軽元素であるアニオン分析の困難さから未開拓です。私たちのグループは、薄膜成長プロセスを用いた低温合成により、酸窒化物を中心とする複合アニオン化合物の高品質な薄膜の合成を実現し、以下に代表されるユニークな機能を見出しています。
関連する論文
- Y. Hirose, T. Hasegawa, Bull. Chem. Soc. Jpn. 94, 1355 (2021). (総説)
強誘電体に光を照射すると、中心対称性の破れにより自発分極の向きに応じた巨大な光起電力を示すことから、高効率な太陽電池や光触媒への応用が期待されています。しかし、室温以上のキュリー温度をもつ強誘電体の多くはワイドギャップの酸化物絶縁体で、可視光を吸収可能な材料はごく限られています。私たちは電気陰性度の低いNの2p軌道が価電子帯上端を形成してバンドギャップが縮小するペロブスカイト型酸窒化物半導体に注目し、SrTaO_{2}Nのエピタキシャル薄膜が強誘電性を示すことを初めて発見しました。さらに、第一原理計算とX線吸収分光や原子分解能電子顕微鏡分光により、基板からのエピタキシャル歪みによって生成した準安定なtrans型の窒素配列がSrTaO_{2}N薄膜の強誘電性の起源であることを示しました。これらの結果は、強誘電性半導体の新たな開発指針を示すと同時に、アニオン配列(cis/trans異性体)制御に基づく複合アニオン化合物の機能設計の道を拓くものです。
関連する論文
- D. Oka, Y. Hirose, H. Kamisaka, T. Fukumura, K. Sasa, S. Ishii, H. Matsuzaki, Y. Sato, Y. Ikuhara, and T. Hasegawa, Sci. Rep. 4, 4987 (2015).
- D. Oka, Y. Hirose, F. Matsui, H. Kamisaka, T. Oguchi, N. Maejima, H. Nishikawa, T. Muro, K. Hayashi, and T. Hasegawa, ACS Nano, 11, 3860 (2017).
黒鉛とダイヤモンドのように、無機固体物質には優れた機能を示す結晶多形(準安定相)が存在します。複合アニオン化合物においても準安定な多形の電子機能は興味深いテーマですが、多形制御の報告はほとんどありませんでした。私たちは、酸化物単結晶をテンプレートに用いたエピタキシャル安定化によって、準安定相であるアナターゼ型TaONを初めて合成し、高い電子移動度とキャリア濃度の制御性を備えた半導体であることを見出しました。さらに、この物質を同じアナターゼ型のTiO_{2}と固溶体を形成することで、バンドギャップや屈折率などの特性を広範囲に制御することに成功しました。
関連する論文
- A. Suzuki, Y. Hirose, D. Oka, S. Nakao, T. Fukumura, S. Ishii, K. Sasa, H. Matsuzaki, T. Hasegawa, Chem. Mater. 26, 976 (2014).
- A. Suzuki, Y. Hirose, S. Nakao, T. Hasegawa, Chem. Mater. 30, 8789 (2018).
- A. Suzuki, Y. Hirose, T. Nakagawa, S. Fujiwara, S. Nakao, Y. Matsuo, I. Harayama, D. Sekiba, T. Hasegawa, ACS Appl. Nano Mater., 1, 3981-3985 (2018).
In-Ga-Zn-O(IGZO)に代表される非晶質酸化物半導体は、電子移動度が高く、大面積基板上に低温で形成可能なことから薄膜トランジスタやフレキシブルデバイス材料として応用されていますが、希少金属であるInを主成分に含む点が課題です。私たちは希少金属を含まない高移動度の非晶質半導体として非晶質酸窒化物に注目し、Zn-O-N薄膜においてIGZOを大きく超える電子移動度を実現しました。また、作製したZn-O-N薄膜が、高い電気伝導性と低い熱伝導率に由来する優れた熱電変換特性を示すことも発見しました。Zn-O-Nは大気中では化学的に不安定ですが、非晶質酸フッ化物や酸硫化物についても材料探索を進めた結果、IGZOに匹敵する電子移動度と大気安定性を示す非晶質Zn-O-Sを開発しました。また、Zn-O-Sの電気輸送特性をZn-O-NやIGZOと比較し、金属-アニオン間のイオン結合性が非晶質複合アニオン化合物半導体の高移動度化に重要な可能性を提案しました。
関連する論文
- T. Yamazaki, K. Shigematsu, Y. Hirose, S. Nakao, I. Harayama, D. Sekiba, and T. Hasegawa, Appl. Phys. Lett., 109, 262101 (2016).
- Y. Hirose, M. Tsuchii, K. Shigematsu, Y. Kakefuda, T. Mori, and T. Hasegawa, Appl. Phys. Lett. 114, 193903 (2019).
- Y. Zhu, T. Yamazaki, Z. Chen, Y. Hirose, S. Nakao, I. Harayama, D. Sekiba, and T. Hasegawa, Adv. Electron. Mater. 6, 1900602 (2020).
- M. Tsuchii, Z. Chen, Y. Hirose, and T. Hasegawa, J. Vac. Sci. Tech. B, 41, 022201 (2023).
多様な価数状態を持つ遷移金属酸化物は超伝導、磁性、誘電性など、様々な電気磁気特性を示すことから盛んに研究されていますが、低次元構造におけるd電子の振る舞いは未だに理解が不十分です。そこで、パルスレーザー堆積法により、電気伝導層の厚さ(次元性)が異なる層状V酸化物Sr_{2}VO_{4}およびSr_{3}V_{2}O_{7}のエピタキシャル薄膜を合成し、低温での電気電特性を評価しました。電子状態が2次元的になることにより絶縁化する電子相関効果に加え、層間の間隔が広がることで局在効果が誘起されることを解明しました。
関連する論文
- S. Fukuda, D. Oka, and T. Fukumura, Appl. Phys. Lett. 116, 123101 (2020).
パルスレーザー堆積法やスパッタ法と異なり、大気圧下で溶液原料から薄膜を合成するミスト化学気相成長法を用いて、準安定構造の酸化物や蒸気圧の高いカルコゲン・ハロゲン元素を含む複合アニオン化合物のエピタキシャル合成にも取り組んでいます。たとえば、ハロゲン化物の溶液からビスマスオキシハライドBiOX(X = Cl, Br, I)の高品質エピタキシャル薄膜を合成することに成功しました。これらのオキシハライド材料は、光電極反応による光エネルギー変換に用いることができます。
関連する論文
- S. Yusa, D. Oka, and T. Fukumura, CrystEngComm 22, 381 (2020).
- Z. Sun, D. Oka, and T. Fukumura, Cryst. Growth Des. 19, 7170 (2019).
- Z. Sun, D. Oka, and T. Fukumura, Chem. Commun. 56, 9481 (2020).
- Z. Sun, S. Qin, D. Oka, H. Zhang, T. Fukumura, Y. Matsumoto, and B. Mei, Inorg. Chem. 62, 8914 (2023).
SrTiO_{3}のような三元系酸化物はカチオン比を1:1の正規組成に制御すると、高い電気特性を示すことが知られています。しかし、従来の薄膜合成法で厳密に組成を制御するのは容易ではありません。そこで、SrとTiから成る二核錯体を合成し、その水溶液を原料とすることで、簡便に正規組成SrTiO_{3}の粉末およびエピタキシャル薄膜を合成することに成功しました。また、前駆体にLaとTiから成る二核錯体を混合することで、Laドーピングによる抵抗率の制御もできることが分かりました。
関連する論文
- E. E. Oyeka, D. Oka, E. Kwon, and T. Fukumura, Inorg. Chem. 60, 1277 (2021). (2020).